2010年8月22日日曜日

亀の甲


ーウチに今年104歳になるばあさんがいるんだけどさ。
ー知らないうちにどこかへ出て行ったって話じゃないでしょうね。
ーいやいや、98歳の時に京都からこちらへ移り住んだんだ。
 それまで京都を離れたことなかったんだけどね。
ーそんな歳とってから初めてのところに来て大丈夫だったの?
ー元気、元気、京都に比べてこっちは田舎やなぁ、とか言ってる。
 図太いばあさんだよ。
ー亀の甲より年の功、っていうからお年寄りならではの知恵が
 あるんじゃないの。
ーいや、知恵なんてほとんどない。わがままなだけ。言いたいこと
 言って、食べたいもの食べてる。
ーすごいおばあさんじゃない。
ーでも思うんだけど、老人に別に年の功なんていらないんだよ。
 亀の甲だけで充分。
ーって言うと?
ー亀の甲って何の役にも立たないけど、それ見てるだけで
 何か生命の不思議さ、おもしろさを感じるじゃないか。
 役に立つか、立たないかだけで判断される世の中なんてつまらない。
 ウチのばあさん見てると、生きてるってそれだけのことが面白い
 って感じられるもん。そしてその生命を自分が受け継いでいる
 ってことの不思議。それって「生きる」っていう上で一番
 大事な根本の感覚だと思うよ。

2010年8月15日日曜日

あったはずの未来


ー先日、靖国神社にお参りしてついでに遊就館も見てきたよ。
ー遊就館って明治以降、日本が行ってきた戦争にまつわる資料が
 展示されているところでしょう。戦争を批判する立場の人たち
 からは評判の悪い施設よね。
ー確かに時々の戦争で華々しい戦果をあげた将兵たちの武勇伝が
 大々的に語られているし、武器も爆撃機、人間魚雷から銃弾に
 いたるまで一杯展示してある。過去の日本軍がいかに勇敢
 だったか、そこにがすごく強調されて展示されてるからね。
ー何が一番印象的だったの?
ー太平洋戦争のところまでは、戦争を美化するような内容も
 あって違和感を感じる部分もあったけど、太平洋戦争の
 ところでは兵士が実際に使っていた飯ごうやヘルメット
 そういう身近な遺品が展示してあって、戦場での毎日を
 想像すると胸つまるものがあった。
ー生きるか死ぬかの戦場でも、生き続けるための日常は
 しのいでいくしかないんだものね。
ーそれからやはりいろんな人の遺書、特に特攻隊員の遺書
 を読んでると、こみあげてくるものを感じるよ。
 でもなんといっても圧巻はこの戦争で亡くなった、
 何千(何万?)という人たちの小さな顔写真がパネルにはって
 展示されてあるんだ。もうあまり多くの数の小さな写真だから
 何も見ず通過してしまいそうになるけど、でもよく見てみると
 ほとんどがまだいたいけないといってもいいくらいの若者で
 みんなそれぞれ、まじめくさったり、はにかんだり、もう様々
 だけどとってもいい顔をしてるんだよ。
 恋人と語らったり、家族団らんでくつろいだり、ひとりひとり
 にその人だけに用意された未来があったはずなのに、そんな
 何万もの未来を一網打尽に奪ってしまった…
 あったはずの未来に対して、ぼくらは写真の顔ひとりひとりに
 「ごめんなさい」って頭を下げて回らないといけないんじゃ
 ないのかな。