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2010年10月11日月曜日

指揮者の手


ー金井画廊で今開催されている個展に、蔡さんは
 "Conductor"という作品を出品してるわね。
ーいつもジャズプレイヤーを描いた作品は出品しているけれど、
 クラシックの指揮者を描いた作品は初めてじゃないかな。
ー日本でも人気が高い、ポーランドの長老指揮者がモデル
 だって聞いたけど。
ー音に集中している顔の表情と、早いタッチで描かれた体の
 背景から浮かび上がった指揮棒と手が印象的だね。
ー特に指のダイナミックな動きが生き生き描かれているのが
 魅力的じゃない。
ー流麗な動きの一瞬を捉えた指先から、律動感溢れる音が
 次々聞こえてきそうだね。
 楽興の時がこの一枚に見事に表現されていると思うよ。

2010年7月19日月曜日

公用語は世界語


ーユニクロや、楽天が社内の公用語を英語にするって話題だわね。
ーここでいう英語はアメリカやイギリスの人たちが使う
 母国語としての英語じゃなく、実は「世界語」とでもいうべき
 違う言葉だって考えたほうがいいんじゃないかな。
ーっていうと?
ーぼくは中国系の企業で働いているけど、中国語で
 コミュニケーションとれなければ、英語を使って
 コミュニケーションをとる。
 でもぼくが英語の教育を受けたのは日本国内だし
 相手の中国人も英語の教育は中国国内で受けたという
 人が多い。
 どちらも英語ネイティブじゃない環境で、それぞれ独自の
 教育システムのもとで学んだ英語でもって、出会って
 すぐにそんな困難を感ぜずにコミュニケーションできるんだから
 よくよく考えればこれはすごいことだよ。
 でもその場で使っていることばは、ネイティブの英語学者からすれば
 多分とんでもないしろもので、発音だって文法だって、ひょっと
 したらネイティブの人はわからないかもしれない。
 そういうことばを使って、両方ネイティブじゃない人が、
 コミュニケートできるんだから、これは英語とはちがうことばだと
 考えたほうがわかりやすいと思うんだよ。
ーつまりそんなにちゃんとした英語じゃなく、ブロークンでいい
 ということ?
ーブロークンっていうと片方に正統英語があることになるから
 ベース英語だけど、英語とはちがうことばと考えるんだ。
 発音だってアジアの人が出しやすい音でいいし、文法だって
 時制とかはそれほどに気にしなくていい。
 そんな高級じゃない新聞でふつうに出てくるぐらいの単語で
 ともかく意思を通じ合わせるのに特化したことばっていうかな。
ーそうすると日本語とかはどうなるのかな?
ー共通語に対するそれぞれの土地の地域語のように、人間として
 奥深いことを考えたり表現したりは、やっぱり母国語、ばくらは
 日本語を使うんだと思う。
 でもビジネスは、売る人買う人、両方世界が相手なんだから
 世界語を使う。
 共通語が普及したことで日本が市場として統一された、それと
 同じことだよ。

2010年7月11日日曜日

ろうそく一丁献じられましょう


ー京都に暮らした人間にとって、今は心浮き立つ時期だよ。
ーもうじき祇園祭ですもんね。
ーもうじきってもう始まってるよ。一般には17日の山鉾巡行が
 有名だけど、7月1ヶ月かけて、祇園社の神様を町中に
 お迎えして、災厄封じするためのお祭りだからね。
ーじゃ山鉾巡行以外のときは何をするの。
ー細かなこと言い出すときりないけど、ちょうど今頃鉾建てが
 始まって街が祭りの舞台に一変し、宵々山から宵山と
 お囃子が街中響き渡って、もう雰囲気も人出もピークだね。
ーやっぱり豪華絢爛な山鉾は見事だし魅力あるよね。
ーそれもあるけどすごいのはこのお祭りが平安時代から
 応仁の乱(!)の中断をはさんで一千年以上続いているって
 ことだよ。それにもっとすごいのはこれだけのお祭りが
 基本的に「民」、町衆の力だけで支えられてきたんだよ。
ー朝廷とか幕府とか、「公」権力からは自立していたのね。
ー京都の街中の各町内が、自分たちコミュニティーの
 シンボルとして鉾、山を作り、趣向をこらし、各町内
 競うようにしてもり立ててきた。
ーその伝統が一千年以上受け継がれてるってことよね。
 すごいことだわね。
ー宵々山、宵山には各町内のこども達が道行く人に
 「ろうそく一丁献じられましょう」って、わらべ歌を
 唄ってろうそくを売るんだけどね。考えてみれば
 これだけ長いあいだ、町衆一人一人が自分たちで
 献じられる精一杯のろうそくを、自分たちの
 コミュニティーに献じてきたから、これだけの
 お祭りが残ったんだと思うな。

ろうそくを売るこども達のわらべ歌です。