2011年9月21日水曜日

画空間 オープン!


京橋にあった蔡さんの「Studio CAI」が銀座に移転し、新しく
「Art Space 画空間」としてオープンしました。
「画」は「絵画の画」であり、「計画、企画の画」であり
関西ふうに読むと「え〜空間」ということでもあるそうです。
ゆる〜い「え〜空間」が一番ぴったりかも。
ここは蔡さんのアトリエ、絵画教室であるばかりでなく
展覧会などのスペース、交流の場としても利用していきたい
とのこと。
ゆっくりくつろげる憩いの場になっています。
オープン記念として現在「蔡國華作品展」開催中!
最寄駅は東京メトロ「銀座一丁目」、もちろん銀座駅からも
有楽町駅からも数分のところです。
ホテルモントレ銀座の向かいのビル、3Fです。
是非一度お出でください。

2011年9月11日日曜日

この夏の行方


ー節電の夏も終わりだね。終わってみるとそんなに
 大変だとか不自由したとか、そんな感覚ないのに
 電力使用量が90%を超えることもほどんどなかったね。
ーこれで終わりだと思っちゃいけないよ。
 本当に大事なのはこれからだから。
ーもちろん節電はずっとしていかなきゃいけないってことは
 わかってるよ。
ーさっき不自由じゃなかったって言ったろ。今までは別に
 使わなくてもいいエネルギーを、無自覚にじゃんじゃん
 使ってたんだ。電車や建物の空調は28°にしてくれた方が
 自分の体にもありがたいし、夜の街が暗くたって慣れれば
 こういうもんだと思えるしね。
ー今まで省エネ、省エネって言ってたけど何の切迫感も
 なかったからね。
ー日本ほど日常生活のあらゆる場面を自動化しちゃってる
 社会はないんだから。街を歩けばどんなところも自動ドアに
 なってて端から端まで手を使わずに歩けるし、トイレと
 いうトイレが自動水栓で手をかざせば水が出る。
ーそれがサービスだと勘違いしてたね。
ー夜になればオフィスも街も家庭も煌々と明かりが点いて
 いるのが進んだ文明社会だと思っていた。
 夜の衛星写真を見ると、日本の太平洋沿岸が世界中で一番
 明るく光り輝いていてちょっと嬉しい気分になったけど
 今ではそのことが恥ずかしく思えるよ。
ーあまりに無邪気だったね。世界中で一番地震リスクの高い
 太平洋岸に原発を並べて、その電気で一番明るく輝いて
 悦に入ってるなんてね。
ーこれからは一人一人がこれは使っていいエネルギー?
 使わなくていいエネルギー?って考えて行動しないと
 いけないと思う。
 それがぼくらの原罪に対する最初の償いだよ。
 

2011年7月17日日曜日

祇園祭と貞観地震


ー今日は京都、祇園祭の山鉾巡行やったね。
ーえらい暑かったやろな。
ーそういえば祇園祭の起源について面白い記事が載ってたよ。
 なんでも平安時代の貞観地震と関係があったんやて。
ー貞観地震って、今度の震災で話題になったよね。
 あんな大津波は貞観地震まで遡らんとなかったことで
 しかも古文書ひっくり返してやっとわかるようなことやから
 福一で大津波を想定してなかったとしても、それは仕方のない
 ことやいう理由づけしてたね。
ーそらぼくらも貞観地震なんて知らんかったけど、遠く離れた
 都で大掛かりな祭りの起源になるほど当時は国家の一大事
 やったはずで、国の史書にも惨状が詳しく書かれてるらしい。
 古文書をひっくり返さんとわからへんようなもんとちごて
 ちょっと歴史を勉強した人やったらみんな知ってる
 出来事とちごたんかな。
ー結局知りとうないことは知ろうとせんかったちゅうことやろ。
 全電源喪失の危険性かて、考えとうないことは考えようと
 せんかった。
 危ない可能性はもともと想定外になってるから、原発は
 とても安全で経済的なもんになってた。
ー昔の人は地震とか疫病とか自然の災厄が起きると、何か
 のたたりや考えてその怒りを鎮めようと一生懸命おはらいとか
 したわけやろ。そんな行為を迷信やいうて笑うのは簡単やけど
 自然を畏怖する気持ち、その前で敬虔になる気持ち、人間も
 その一部やいう謙虚な気持ちは取り戻さんとあかんの
 ちゃうかなぁ。

2011年7月4日月曜日

神の領域


ー今度の原発事故がなければ一生考えずにすましていたことを
 にわか勉強をしてるよ。
ー何なの?
ー原発ってどこからエネルギーを引っぱり出してるか知ってる?
ー核分裂によって生じるエネルギーじゃないの?
ー簡単に言っちゃうとそうだけと、煎じ詰めるとウラン235という
 原子を核分裂反応させたときに生じるエネルギーなんだよね。
ーでもどうして核分裂でエネルギーが生まれるのかしら?
ーそれがとってもキモいとこなんだよ。ウラン235が核分裂すると
 他の原子に変わったり、中性子が飛び出たりする。
 そして奇妙なことに分裂前の原子の質量と分裂後生成した原子や
 中性子の質量の総量を比べると分裂後の質量の総量のほうが
 分裂前より小さいというんだ。
ーアレ、質量不変の法則とかそういうのなかったっけ?
 物体が様々に形を変えても、質量の総量は変わらないって。
ーアインシュタインの相対性理論で理論的に証明されてること
 らしいんだけど、それは実は質量・エネルギー不変というべき
 ものらしい。
 ウラン235の場合分裂して減じた質量はエネルギーに姿を変えたって
 わけだ。質量がエネルギーに姿を変えるとき、それは莫大な
 エネルギー量になるらしいんだよね。
ー何だか空恐ろしい話だわね。
 で、問題になっている放射能はどこから出てくるの?
ーこれは核分裂して違う原子になるとき、必然的にα線とγ線とか
 中性子線とか、そういう放射線を発する物質が出来るってこと
 みたいなんだ。
ー核分裂させた以上避けようがないわけね。
ー核分裂って理論や数式の上では確かにあり得ることで、実際
 これを利用してエネルギーを取り出してるわけだけど、
 でも自然のノーマルな状態の中では起こらないことだよね。
 通常ではあり得ない異常な環境を無理に作らないと起こりえない。
 これって多分宇宙の生成と関係しているような、生命とは全く
 相容れない異様な環境なんだよ。
 こういう環境を人間自らの手で作り出すというのは、生命としての
 摂理に反しているとしか思えないけどね。
ーそうね、生き物というのは自分の身に危険が迫ると五感でそれを
 察知できるようになっているものでしょ。
 生命に危害が迫っていても、それを全く感じられないような
 ものとはどう考えたって共存できないわね。

2011年6月19日日曜日

蔡國華展のご案内


銀座、ギャラリー・しらみず美術で蔡國華展が開催されます。

 * 6月24日(金)〜 7月5日(火)
   12:00〜18:30 日曜休廊 最終日17:00まで
 * ギャラリー・しらみず美術
   中央区銀座5-3-12 壱番館ビル$4F
   ☎ 03-3575-0013

女性像の新作が中心になります。
どうかご覧になって、ひとときの安らぎをお感じになってください。


大きな地図で見る

2011年6月13日月曜日

非現実的な夢想家


ーん、このタイトルは…
ーそう、村上春樹さんがカタロニア国際賞受賞スピーチで
 使っていた言葉。
ー日本で原発に疑問を呈する人は、経済の現実を直視しない
 「非現実的な夢想家」というレッテルを貼られてしまう、
 という文脈で使われていたわね。
ーそうだけど、ここではこの言葉を少し違う文脈で使ってみたい。
ーというと?
ー温暖化防止の国際公約として、鳩山さんがCO2、25%削減を
 ぶち上げたよね。
ー今となっては達成が絶望視されている目標ね。
ー現実的な人は当初からこの数字に懐疑的だったけど、
 民主党政権交代の象徴的数字として拍手喝采する人も多かった。
ー何も具体的根拠はなかったけど、エコ家電にどんどん取り替えて
 HVやEVを大量に導入して、風力や太陽光の発電を推進していけば
 日本ならやれるんじゃないの、ってムードもあったよね。
ーその上東電自体が大量に広告を投入してオール電化って煽ってたし、
 我々自身楽しくエコして明るい未来が開けるような錯覚に
 陥っていた。
ーその意味でみんな「非現実的な夢想家」だったってことね。
ーみんなじゃない、そのウラで現実的な企業家や政治屋はとんでも
 ないシナリオを用意していた。
ーどういうこと。
ーつまり現実的な人が用意した25%削減達成の切り札は原発14基
 増設ということだったんだ。
ー25%が葵の御紋になって原発を堂々と作れるってことね。
ー堂々と大金を落としてもらえるし、利権を手に入れられるって
 ことだよ。
ー空恐ろしい話だわね。
ー空恐ろしい話に危うく乗りかけてた。福島の人たちのあれだけの
 犠牲があってようやく目が覚めた。
 これって恥ずかしいことだよ。
ーでも電力がないと経済も暮らしも困ったことになるのも事実
 よね。
ーだからふんばらないといけない。福島であれだけ血が流れている
 のに、ぼくらが無傷でいていいはずがない。
 一人一人、どんな暮らしをするか、どんな生き方をするか
 身を削って考え実践していかないと。
 村上さんの言葉で言えば「素朴で黙々とした、忍耐を必要とする
 手仕事」を我々一人一人が始めないといけないんだと思う。

ご参考まで:村上氏の受賞スピーチ 動画テキスト

2011年6月6日月曜日

「歓び」を感じる心


大震災から今まで、多くの人が心打つ言葉を話されてきました。
今日はそれらの中から、私が感動し是非書き残して記憶に留めて
おきたいと感じたスピーチを2つ紹介させていただきます。

最初は私の出身大学の現学長でロシア文学者(ドストエフスキー作品の
新訳が話題になりました)亀山郁夫先生の大学入学式式辞です。
同窓会報に掲載されたその一部を引用させていただきます:

<今年3月、私たちの日本は、もはや決して忘れることのできない災厄
を経験しました。状況は今もって予断を許さないところにあります。
この、未曾有の事態をまのあたりにして、私たちはいま呆然とし、
自信を失い、将来にたいして強い不安を感じています。
私自身も、つよい無力感にとらえれました。
しかしその一方、「生きてここにある」ということのかけがえのない
意味に目覚め、「生きてある」という事実そのものが、ひとつの
恩寵であり、ひとつの奇跡であるといった感慨を抱いた人々も
少なくないはずです。ただし、人間の生命は、それ自体では決して
「恩寵」にも「奇跡」にもなりえないものだと思います。
深く豊かに「歓び」を感じる心を持ってこそ、生命は真の価値を
放つ、と私は信じています。
また、「歓び」を経験できる心がなければ、私たちの傍らで傷つき、
苦しむ人たちとともに苦しむ、「共苦」の精神も生まれないはずです。
そしていま私たちに残されている責務とは、「忘れない」という
態度です。それは、個々人にとっての決意であると同時に務めであり、
試練でもあると思います。>

「生命の真の価値を放つ」「歓び」の心はどこから沸き起こって
くるか、それは次のスピーチがヒントをくれると思います。
楽天の主将、嶋選手のKスタ宮城開幕試合でのスピーチです。



「誰かのために闘う人間は強い。」
そして「誰かのために闘う人間」にこそ「生命の真の価値を放つ」
「歓び」は開かれている。今は強くそう思うのです。

2011年5月22日日曜日

「までい」の村

ー八重洲にある福島県の観光交流館で
 「幻の酒」になるかもしれない大吟醸
 「飯館」を売り出すって聞いたから
 一にも二にも買いに行かなくちゃって、
 買って来たよ。
ーよかったね、買えて。
ーそのとき飯館村の観光パンフあった
 からもらって来た。ほら、これ。
ー健康優良児2人って感じだね。見るから
 にほのぼのとしたいい村!
ーこの地に「までい」ってことばがある
 らしい。中にこう書いてある。
 ["までい"とは私たちの暮らしに古く
 から寄り添う言葉。「時間をかけて」
 「手間ひま惜しまず」「丁寧に」
 「じっくりと」…といった意味が
 あります。来るたびに味わい深まる
 飯舘村で"までい"の心を感じて
 ください。]
ーなるほど、この子たちも「までい」に育てられたんだね。
 きっとお米もお酒も「までい」に作られ、牛たちも「までい」に
 世話されてきたんだ。
ー何代にもわたって「までい」の村が作られてきたんだよ。
 それが今度の一事でもって突然村を出て行かなきゃならなく
 なって…
ーつらいよね。
ーそのことに、ぼくらが無意識にしろ片棒をかついでたって
 考えるのはもっとつらい。
ー自粛はやめよう、って言うけど、この子たちにつらい思いを
 させている何万分の一かは自分たちにも責任があると思うと
 無邪気に元の日常には戻れないわね。
ー少なくともこの子たちが、今までどおり「までい」の村で
 「までい」の生活を取り戻せるまで、ぼくたちはその痛みを
 忘れるわけにはいかないし、自分たちの生活も変えて
 いかないとね。

2011年4月17日日曜日

私も「許容していた」

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』が話題になった歴史学者
加藤陽子氏が毎日新聞に『原発を「許容していた」私』と題して
コラムを寄稿されています。
そう、私自身も「許容していた」。その罪を思わざるを得ません。

原発が人の命と暮らしを脅かす危険をはらんでいるのを知りながら
安全神話を信じ込み、過剰に快適な生活を当然のこととして
享受してきた罪。
そして自分の人生でさえ真剣に背負ってきたとは感じられない
薄っぺらでその場しのぎの人たちに、何万もの人たちの
いのちと人生を委ねてきてしまった罪。

東電幹部、原子力安全・保安院、原子力安全委員会等の
記者会見を見るにつけ、原発を推進してきたこうした人たちの
無責任なもの言いに憤りを感じる方は多いと思います。
まるで日々の株価の変動を解説しているような会見。
「官僚的」答弁そのままの応答。保身、組織防衛、責任転嫁。
人のいのちのことなどかけらも考えてないことを、日々
見せつけられている。
原発という危険きわまりないものを推進している人たちが
こんな薄っぺらな人たちだとどうして気づかなかったのか。

そして何よりも腹立たしいのは、本来、こういう大組織の論理
でしか動かない人たちに対して、もの言わぬ市井の多くの人の
代弁者となって、人のいのちと暮らしを守る尖兵の役割を
果たさねばならないはずの政治家が、その役割を何も果たして
いないこと。

困っている人、苦しんでいる人、命をおびやかされている人たち
が何を一番望んでいるのか、欲しているのか、それを何よりも
優先するのが全うな政治家であるはずなのに、与党・野党を
通じてどこにもそんな政治家が見当たらない事。

どうしてこんな人たちを選んできたのか…
誰を選んでも同じなんて、とんでもない間違いだった。
口先だけの薄っぺらな人を選ぶのは、何かことが起こったとき
命を失うことと直結している。
こういう事態になってそのことを初めて思い知った。
無自覚に「許容」していてはいけない。
払った代償はあまりに大きかったですが、これからはこのことを
深く胸に刻み込んで、生きていかねばと思うのです。

2011年3月21日月曜日

蔡さんへの手紙

                 いのち ー蔡國華ー
蔡さん

ご心配いただきありがとうございます。
こちらは元気でやっています。

大変な一週間が終わり、3日間のお休みでほっと一息ついています。
この一週間は毎朝5時に起き6時に家を出て、夕方はいつ停電に
なるかわからないので急いで帰り、夜は11時前に就寝。
すっかり早寝早起きに体がなじんできました。
生活改善のきっかけになるかもしれませんね。
計画停電で真っ暗な帰り道、夜空には見たこともないような
星空が光っていました。
どんなに悲惨な出来事のなかにも、少しはいいこともあるものです。

世界の人が原発の事故を心配しています。
ぼくらも心配です。事態が悪化したときどういうことが起こるのか
分からないからです。
そんななかで知り合いが一つの情報を送ってくれました。
アメリカの原子力専門家の福島原発事故の解析結果です。
以下送られて来た文を引用します。

***************************
「福島原子力発電所の解析が既にアメリカではされています」

知人から情報をもらいました。ご参考まで
高エネ研・理研・東工大などの研究者仲間で翻訳されています。
ひとことでいえば、カリフォルニア大学サンタバーバラ校Benn 
Monreal教授が、根拠を示して、恐れすぎないように様にという
趣旨です。
これを持って、心配している人達のために、街角紙芝居に出かけ
てはどうかと呼びかけています。
> 福島原発の放射能を理解する
***************************

上のURLをクリックし、現れたページの「翻訳された講演スライドの
ダウンロード」をクリックして、スライドを見てください。
もちろん英語版がオリジナルなのでそちらのほうが分かりやすいかも
しれません。
いずれにしても説明は専門的で理解は難しいですが、結論は
最悪の状況になっても避難範囲外の人は過度に心配することは
ないということです。

むしろあまりにも原発事故対応にエネルギーが費やされてしまって
被災され避難されている何万の人たちに救援の手が行き届かない
ことこそが最大の問題です。
せっかく助かった命をさらに失わせないようにするため、ぼくたちは
最大の努力をしないといけないのに、悲しいかな、何をしたら
いいのかよくわからないのです。
でも、ぼくたちが普段どおりの日常生活を淡々と回していくことこそ
ある意味最大のサポートになると考えています。

回りの人で心配されている人がいたら、アメリカの学者のレポートを
見せてあげて、心配することは何もないと言ってあげてください。

原発事故は今も危機的状況にあることは変わりありませんが
少しずつコントロール可能な方向に事態が動き出しているように
感じます。
いずれにしてもこれからの一週間がターニングポイントになると
思います。
是非みなさんで日本のために祈ってください。
それがきっと力になると信じています。

何、すぐにまたみんなで笑い合える時がきますよ。
それを信じて今はそれぞれの場所でベストを尽くしましょう。
どうかお元気で!

桂川正克