2010年9月26日日曜日

蔡國華展@金井画廊ご案内


毎年秋恒例、京橋・金井画廊で蔡國華展が今年も開かれます。

 * 2010年10月6日(水)〜 16日(土)
   11:00 〜 19:00 (会期中無休、最終日17時まで)

 * 金井画廊(3F)、ドゥ画廊 (1F) 同時開催
   東京都中央区京橋2-6-8 仲通りビル 
   電話 03-5250-0860

今年5月に取材で訪れたモロッコの風景や人物を中心に、
<いのち>をテーマに追究した作品が並びます。
穏やかな秋の日、作品をご覧になって是非<いのち>の
暖かさに包まれたひと時をお過ごしください。

  <地図>

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2010年9月20日月曜日

秋日和


ー今年は秋がくるんだろうか、って心配になるほど暑い日が続いたけど
 やっと秋めいてきたね。
ー一日大雨が降って、空気がちょっとだけ入れ替わった気がするけど
 今年は秋雨前線が登場して、北の高気圧が秋の冷気を運んでくる
 って感じじゃないわね。夏の高気圧が少しずつ、少しずつ弱まって
 引き潮のように、暑さが行ったり来たりしながら、徐々に後退してる
 感じだね。まだ夏って気分を残してるよ。
ーでも空にはうろこ雲が浮かぶ日もあるし、風向きも変わったし
 やっぱり秋は秋だよ。
 そういえば今年はサンマが不漁で高値になるって出てたけど
 どうなのかな?
ースーパーじゃサンマ一匹99円で売ってたわよ。
 実際にはそれほどでもないんじゃないかな。
ーサンマ食べるの面倒だから、みんなあまり手を出さなくなった
 って側面もあるかもしれないね。
ーただもうお彼岸なのに、彼岸花の花芽はまだ出てこないわよ。
 自然のサイクルに少しずつ狂いが生じているのは確かじゃ
 ないかしら。

2010年9月5日日曜日

展覧会のご案内


蔡さんを含む、在日中国人作家4人の展覧会が
長野県東御市の梅野記念絵画館で開かれています。

視点ー在日中国人作家4人展
 9月4日(土)〜 10月24日(日)

蔡さんの作品では「旅人」シリーズや「何来何去」の一部など
蔡さんの本領が最も発揮された作品が展示されています。

こちらの美術館は明神池のほとりの緑の中に建っており
ロビーから眺める浅間連峰の風景はまさに絶景です。

まだまだ秋とはいいかねる暑い日が続きますが、
少し足を伸ばされて、爽やかな空気の中、ARTと自然の
コラボレーションを是非お楽しみください。

2010年8月22日日曜日

亀の甲


ーウチに今年104歳になるばあさんがいるんだけどさ。
ー知らないうちにどこかへ出て行ったって話じゃないでしょうね。
ーいやいや、98歳の時に京都からこちらへ移り住んだんだ。
 それまで京都を離れたことなかったんだけどね。
ーそんな歳とってから初めてのところに来て大丈夫だったの?
ー元気、元気、京都に比べてこっちは田舎やなぁ、とか言ってる。
 図太いばあさんだよ。
ー亀の甲より年の功、っていうからお年寄りならではの知恵が
 あるんじゃないの。
ーいや、知恵なんてほとんどない。わがままなだけ。言いたいこと
 言って、食べたいもの食べてる。
ーすごいおばあさんじゃない。
ーでも思うんだけど、老人に別に年の功なんていらないんだよ。
 亀の甲だけで充分。
ーって言うと?
ー亀の甲って何の役にも立たないけど、それ見てるだけで
 何か生命の不思議さ、おもしろさを感じるじゃないか。
 役に立つか、立たないかだけで判断される世の中なんてつまらない。
 ウチのばあさん見てると、生きてるってそれだけのことが面白い
 って感じられるもん。そしてその生命を自分が受け継いでいる
 ってことの不思議。それって「生きる」っていう上で一番
 大事な根本の感覚だと思うよ。

2010年8月15日日曜日

あったはずの未来


ー先日、靖国神社にお参りしてついでに遊就館も見てきたよ。
ー遊就館って明治以降、日本が行ってきた戦争にまつわる資料が
 展示されているところでしょう。戦争を批判する立場の人たち
 からは評判の悪い施設よね。
ー確かに時々の戦争で華々しい戦果をあげた将兵たちの武勇伝が
 大々的に語られているし、武器も爆撃機、人間魚雷から銃弾に
 いたるまで一杯展示してある。過去の日本軍がいかに勇敢
 だったか、そこにがすごく強調されて展示されてるからね。
ー何が一番印象的だったの?
ー太平洋戦争のところまでは、戦争を美化するような内容も
 あって違和感を感じる部分もあったけど、太平洋戦争の
 ところでは兵士が実際に使っていた飯ごうやヘルメット
 そういう身近な遺品が展示してあって、戦場での毎日を
 想像すると胸つまるものがあった。
ー生きるか死ぬかの戦場でも、生き続けるための日常は
 しのいでいくしかないんだものね。
ーそれからやはりいろんな人の遺書、特に特攻隊員の遺書
 を読んでると、こみあげてくるものを感じるよ。
 でもなんといっても圧巻はこの戦争で亡くなった、
 何千(何万?)という人たちの小さな顔写真がパネルにはって
 展示されてあるんだ。もうあまり多くの数の小さな写真だから
 何も見ず通過してしまいそうになるけど、でもよく見てみると
 ほとんどがまだいたいけないといってもいいくらいの若者で
 みんなそれぞれ、まじめくさったり、はにかんだり、もう様々
 だけどとってもいい顔をしてるんだよ。
 恋人と語らったり、家族団らんでくつろいだり、ひとりひとり
 にその人だけに用意された未来があったはずなのに、そんな
 何万もの未来を一網打尽に奪ってしまった…
 あったはずの未来に対して、ぼくらは写真の顔ひとりひとりに
 「ごめんなさい」って頭を下げて回らないといけないんじゃ
 ないのかな。

2010年7月19日月曜日

公用語は世界語


ーユニクロや、楽天が社内の公用語を英語にするって話題だわね。
ーここでいう英語はアメリカやイギリスの人たちが使う
 母国語としての英語じゃなく、実は「世界語」とでもいうべき
 違う言葉だって考えたほうがいいんじゃないかな。
ーっていうと?
ーぼくは中国系の企業で働いているけど、中国語で
 コミュニケーションとれなければ、英語を使って
 コミュニケーションをとる。
 でもぼくが英語の教育を受けたのは日本国内だし
 相手の中国人も英語の教育は中国国内で受けたという
 人が多い。
 どちらも英語ネイティブじゃない環境で、それぞれ独自の
 教育システムのもとで学んだ英語でもって、出会って
 すぐにそんな困難を感ぜずにコミュニケーションできるんだから
 よくよく考えればこれはすごいことだよ。
 でもその場で使っていることばは、ネイティブの英語学者からすれば
 多分とんでもないしろもので、発音だって文法だって、ひょっと
 したらネイティブの人はわからないかもしれない。
 そういうことばを使って、両方ネイティブじゃない人が、
 コミュニケートできるんだから、これは英語とはちがうことばだと
 考えたほうがわかりやすいと思うんだよ。
ーつまりそんなにちゃんとした英語じゃなく、ブロークンでいい
 ということ?
ーブロークンっていうと片方に正統英語があることになるから
 ベース英語だけど、英語とはちがうことばと考えるんだ。
 発音だってアジアの人が出しやすい音でいいし、文法だって
 時制とかはそれほどに気にしなくていい。
 そんな高級じゃない新聞でふつうに出てくるぐらいの単語で
 ともかく意思を通じ合わせるのに特化したことばっていうかな。
ーそうすると日本語とかはどうなるのかな?
ー共通語に対するそれぞれの土地の地域語のように、人間として
 奥深いことを考えたり表現したりは、やっぱり母国語、ばくらは
 日本語を使うんだと思う。
 でもビジネスは、売る人買う人、両方世界が相手なんだから
 世界語を使う。
 共通語が普及したことで日本が市場として統一された、それと
 同じことだよ。

2010年7月11日日曜日

ろうそく一丁献じられましょう


ー京都に暮らした人間にとって、今は心浮き立つ時期だよ。
ーもうじき祇園祭ですもんね。
ーもうじきってもう始まってるよ。一般には17日の山鉾巡行が
 有名だけど、7月1ヶ月かけて、祇園社の神様を町中に
 お迎えして、災厄封じするためのお祭りだからね。
ーじゃ山鉾巡行以外のときは何をするの。
ー細かなこと言い出すときりないけど、ちょうど今頃鉾建てが
 始まって街が祭りの舞台に一変し、宵々山から宵山と
 お囃子が街中響き渡って、もう雰囲気も人出もピークだね。
ーやっぱり豪華絢爛な山鉾は見事だし魅力あるよね。
ーそれもあるけどすごいのはこのお祭りが平安時代から
 応仁の乱(!)の中断をはさんで一千年以上続いているって
 ことだよ。それにもっとすごいのはこれだけのお祭りが
 基本的に「民」、町衆の力だけで支えられてきたんだよ。
ー朝廷とか幕府とか、「公」権力からは自立していたのね。
ー京都の街中の各町内が、自分たちコミュニティーの
 シンボルとして鉾、山を作り、趣向をこらし、各町内
 競うようにしてもり立ててきた。
ーその伝統が一千年以上受け継がれてるってことよね。
 すごいことだわね。
ー宵々山、宵山には各町内のこども達が道行く人に
 「ろうそく一丁献じられましょう」って、わらべ歌を
 唄ってろうそくを売るんだけどね。考えてみれば
 これだけ長いあいだ、町衆一人一人が自分たちで
 献じられる精一杯のろうそくを、自分たちの
 コミュニティーに献じてきたから、これだけの
 お祭りが残ったんだと思うな。

ろうそくを売るこども達のわらべ歌です。

2010年7月4日日曜日

忘れさせたもの勝ち


ー参議院選挙、もう来週なのになんだか静かだわね。
ー今まで、ワールドカップで盛り上がっちゃって、選挙って
 気分じゃなかったからね。民主党が7月11日選挙にこだわったのは
 ワールドカップを隠れ蓑にして、ヤバいことが争点化するのを
 避けるためだって説もあるよ。
ーワールドカップは戦前は全く期待されてなかったから、そんな
 ことはないでしょうけど。でもヤバいことって?
ー政治とカネとか、普天間とか、日本がひっくりかえるほど大騒ぎ
 していたのに、今じゃ誰も口に出さないもんね。
ー小鳩がいなくなったらガラガラポンしちゃった感じよね。
 今じゃTVでもみんな消費税のことばかり。
ー民主党が消費税を持ち出したのはリスクだけど、でも管さんが
 言っているのは、参院選後超党派で税制の議論をはじめ
 次の総選挙でその結果の是非を問おうということだろ。
 今までみたいに民主党政権の4年間は消費税には手をつけません、
 って言ってたんじゃ間に合わない程財政は逼迫しているから
 これから議論をするってことを今はっきりいわないと、それこそ
 国民をだますことになるからね。
ーマスコミも民主党が言い出す前は、マニフェストに教条主義的に
 こだわるのはよくない、消費税の論議を始めるべきっだって
 大体の論調だったのに、そのとおり民主党が言い出すと、唐突だ
 とか言ってそしるんだから、ちょっとおかしいわよね。
ー消費税の議論を始めるってのはある意味あたり前で論点にならない
 ことのはずなのにそれが前面にでちゃって、本来すごく大きな
 争点になるはずのものがかすんでるのが問題なんだよ。
ーさっきの政治とカネ、とか普天間とか?
ーそれもそうだけど、去年の総選挙の民主党マニフェスト
 実行状況をもっとちゃんと点検して評価しないと
 いけないじゃないか。
 例えば、初年度7.1兆円出てくるはずだった財源はどうして見込み
 違いになったのか、何が正しく何が間違っていたのか、その結果
 どこをどう修正するか、そんなことを詰めて議論しないと
 マニフェストって言ったって言い放しの、言ったもん勝ちになるよ。
ー過去のことは忘れさせたもの勝ちってことね。

2010年6月27日日曜日

生きる糧


ー永井画廊の蔡さんの個展が終わったわね。
ー終わっちゃうと淋しいね。
ー展示されていた作品に「糧」という作品があったじゃない。
 革表紙でいかにも重々しくて、西洋の昔のお屋敷の壁を
 占めていたような古書が何冊か積まれている作品。
 あれを見て「糧」ってなんだろうかって考えちゃった。
ー本に書かれた情報が「糧」になるかっていうと、そんな
 ことはないよね。「糧」っていうのは「生きる糧」って
 意味だろうから。
ーじゃ、何が生きる糧になるのかしらね。
ーみんな自分が生きている意味を知りたいじゃないか。
 一体自分は何で生きてるんだろうってね。
 そのことを考え、考え、探しに探しているときに、
 別の人がやっぱりそのことを、もっともっと深く鋭く
 考えているのに出会うと、自分の中の何かの成分が化学反応を
 起こして「生きる糧」になるんじゃないかな。
ー本が「糧」なんじゃなくて、それを書いた人が生きる意味を
 考えに考えてくれたこと、それが「糧」ってことだよね。
 考えに考えた足跡のエッセンスが糧になるってことよね。
ーそう、だから考えに考えられた足跡だったら何だって糧になる。
ー蔡さんの絵も。
ー「何来何去」なんて、何年にも渡って、考えに考えられている
 足跡そのものの作品だからね。「自分はどこからやってきたんだ?
 自分は何者でどこに行こうとしているのか?」そのテーマの中に
 生命の誕生以来途切れることなく自分にまで続いてきたいのちの
 流れの不思議、同じ時代を生きる70億人の同朋のひとりとして
 自分が存在することの意味を問い続けようという決意が
 表れているじゃないか。
ーこういう言い方すると不謹慎かもしれないけど、蔡さんの
 命尽きるまで「何来何去」は描き続けてほしいわね。

2010年6月13日日曜日

ベルベルの男


永井画廊の蔡さんの展覧会に「ベルベルの男」という
 彫りの深い表情が印象的な男のドローイングが出てたけど
 「ベルベル」って何なのかしらね?
ベルベル人って、モロッコにアラブ人が入ってくる前から
 住み着いていた民族らしくて、今ではモロッコの山間部に住んでる
 人が多いそうだよ。「ベルベル」というのはギリシア語の
 「バルバロイ」に由来するらしい。
ー訳のわからないことばをしゃべる人たちという意味の
 「バルバロイ」ね。でもどうして蔡さんの絵に登場するの?
ー蔡さんはこの5月にモロッコにスケッチツアーに出かけていて
 そこで出会った人たちなんだそうだ。
ー確かに深く皺がきざまれた意志的な表情は人をひきつけて
 離さない魅力があるわね。
ーベルベルの人は過酷な自然環境の中、ヨーロッパとアラブが
 入り乱れて興亡を繰り返した地で、相対的な弱者として
 忍従と屈服の歴史を強いられてきたそうなんだ。
 そうした民族の苦悩の歴史がその皺に刻み込まれているとすれば
 その表情を描きとることは、蔡さんが追求する「何来何去」に
 相応しいテーマだよね。