2010年7月11日日曜日

ろうそく一丁献じられましょう


ー京都に暮らした人間にとって、今は心浮き立つ時期だよ。
ーもうじき祇園祭ですもんね。
ーもうじきってもう始まってるよ。一般には17日の山鉾巡行が
 有名だけど、7月1ヶ月かけて、祇園社の神様を町中に
 お迎えして、災厄封じするためのお祭りだからね。
ーじゃ山鉾巡行以外のときは何をするの。
ー細かなこと言い出すときりないけど、ちょうど今頃鉾建てが
 始まって街が祭りの舞台に一変し、宵々山から宵山と
 お囃子が街中響き渡って、もう雰囲気も人出もピークだね。
ーやっぱり豪華絢爛な山鉾は見事だし魅力あるよね。
ーそれもあるけどすごいのはこのお祭りが平安時代から
 応仁の乱(!)の中断をはさんで一千年以上続いているって
 ことだよ。それにもっとすごいのはこれだけのお祭りが
 基本的に「民」、町衆の力だけで支えられてきたんだよ。
ー朝廷とか幕府とか、「公」権力からは自立していたのね。
ー京都の街中の各町内が、自分たちコミュニティーの
 シンボルとして鉾、山を作り、趣向をこらし、各町内
 競うようにしてもり立ててきた。
ーその伝統が一千年以上受け継がれてるってことよね。
 すごいことだわね。
ー宵々山、宵山には各町内のこども達が道行く人に
 「ろうそく一丁献じられましょう」って、わらべ歌を
 唄ってろうそくを売るんだけどね。考えてみれば
 これだけ長いあいだ、町衆一人一人が自分たちで
 献じられる精一杯のろうそくを、自分たちの
 コミュニティーに献じてきたから、これだけの
 お祭りが残ったんだと思うな。

ろうそくを売るこども達のわらべ歌です。

2010年7月4日日曜日

忘れさせたもの勝ち


ー参議院選挙、もう来週なのになんだか静かだわね。
ー今まで、ワールドカップで盛り上がっちゃって、選挙って
 気分じゃなかったからね。民主党が7月11日選挙にこだわったのは
 ワールドカップを隠れ蓑にして、ヤバいことが争点化するのを
 避けるためだって説もあるよ。
ーワールドカップは戦前は全く期待されてなかったから、そんな
 ことはないでしょうけど。でもヤバいことって?
ー政治とカネとか、普天間とか、日本がひっくりかえるほど大騒ぎ
 していたのに、今じゃ誰も口に出さないもんね。
ー小鳩がいなくなったらガラガラポンしちゃった感じよね。
 今じゃTVでもみんな消費税のことばかり。
ー民主党が消費税を持ち出したのはリスクだけど、でも管さんが
 言っているのは、参院選後超党派で税制の議論をはじめ
 次の総選挙でその結果の是非を問おうということだろ。
 今までみたいに民主党政権の4年間は消費税には手をつけません、
 って言ってたんじゃ間に合わない程財政は逼迫しているから
 これから議論をするってことを今はっきりいわないと、それこそ
 国民をだますことになるからね。
ーマスコミも民主党が言い出す前は、マニフェストに教条主義的に
 こだわるのはよくない、消費税の論議を始めるべきっだって
 大体の論調だったのに、そのとおり民主党が言い出すと、唐突だ
 とか言ってそしるんだから、ちょっとおかしいわよね。
ー消費税の議論を始めるってのはある意味あたり前で論点にならない
 ことのはずなのにそれが前面にでちゃって、本来すごく大きな
 争点になるはずのものがかすんでるのが問題なんだよ。
ーさっきの政治とカネ、とか普天間とか?
ーそれもそうだけど、去年の総選挙の民主党マニフェスト
 実行状況をもっとちゃんと点検して評価しないと
 いけないじゃないか。
 例えば、初年度7.1兆円出てくるはずだった財源はどうして見込み
 違いになったのか、何が正しく何が間違っていたのか、その結果
 どこをどう修正するか、そんなことを詰めて議論しないと
 マニフェストって言ったって言い放しの、言ったもん勝ちになるよ。
ー過去のことは忘れさせたもの勝ちってことね。

2010年6月27日日曜日

生きる糧


ー永井画廊の蔡さんの個展が終わったわね。
ー終わっちゃうと淋しいね。
ー展示されていた作品に「糧」という作品があったじゃない。
 革表紙でいかにも重々しくて、西洋の昔のお屋敷の壁を
 占めていたような古書が何冊か積まれている作品。
 あれを見て「糧」ってなんだろうかって考えちゃった。
ー本に書かれた情報が「糧」になるかっていうと、そんな
 ことはないよね。「糧」っていうのは「生きる糧」って
 意味だろうから。
ーじゃ、何が生きる糧になるのかしらね。
ーみんな自分が生きている意味を知りたいじゃないか。
 一体自分は何で生きてるんだろうってね。
 そのことを考え、考え、探しに探しているときに、
 別の人がやっぱりそのことを、もっともっと深く鋭く
 考えているのに出会うと、自分の中の何かの成分が化学反応を
 起こして「生きる糧」になるんじゃないかな。
ー本が「糧」なんじゃなくて、それを書いた人が生きる意味を
 考えに考えてくれたこと、それが「糧」ってことだよね。
 考えに考えた足跡のエッセンスが糧になるってことよね。
ーそう、だから考えに考えられた足跡だったら何だって糧になる。
ー蔡さんの絵も。
ー「何来何去」なんて、何年にも渡って、考えに考えられている
 足跡そのものの作品だからね。「自分はどこからやってきたんだ?
 自分は何者でどこに行こうとしているのか?」そのテーマの中に
 生命の誕生以来途切れることなく自分にまで続いてきたいのちの
 流れの不思議、同じ時代を生きる70億人の同朋のひとりとして
 自分が存在することの意味を問い続けようという決意が
 表れているじゃないか。
ーこういう言い方すると不謹慎かもしれないけど、蔡さんの
 命尽きるまで「何来何去」は描き続けてほしいわね。

2010年6月13日日曜日

ベルベルの男


永井画廊の蔡さんの展覧会に「ベルベルの男」という
 彫りの深い表情が印象的な男のドローイングが出てたけど
 「ベルベル」って何なのかしらね?
ベルベル人って、モロッコにアラブ人が入ってくる前から
 住み着いていた民族らしくて、今ではモロッコの山間部に住んでる
 人が多いそうだよ。「ベルベル」というのはギリシア語の
 「バルバロイ」に由来するらしい。
ー訳のわからないことばをしゃべる人たちという意味の
 「バルバロイ」ね。でもどうして蔡さんの絵に登場するの?
ー蔡さんはこの5月にモロッコにスケッチツアーに出かけていて
 そこで出会った人たちなんだそうだ。
ー確かに深く皺がきざまれた意志的な表情は人をひきつけて
 離さない魅力があるわね。
ーベルベルの人は過酷な自然環境の中、ヨーロッパとアラブが
 入り乱れて興亡を繰り返した地で、相対的な弱者として
 忍従と屈服の歴史を強いられてきたそうなんだ。
 そうした民族の苦悩の歴史がその皺に刻み込まれているとすれば
 その表情を描きとることは、蔡さんが追求する「何来何去」に
 相応しいテーマだよね。
 

2010年6月6日日曜日

システム党VS個人党


ー鳩山さんの最後もあっけなかったね。
ーあっけなさでいえば細川さんの最後とイメージがだぶるね。
 首相在任期間もこの2人はほとんど同じじゃないか。
ー重なるといえばもう一つ、両方の辞任劇ともに小沢さんが
 深く絡んでるってのも同じだね。
ー細川さんのときは、官房長官だった武村正義さんと与党幹事長
 小沢さんの対立が抗争といえるほど激化して政権運営がにっちも
 さっちもいかなくなり、そこに自分のスキャンダルも重なって
 もうイヤになって投げ出したって格好だったな。
ー今回、直接の引き金になったのは普天間問題だったけど、鳩山さん
 にとっては小沢プロブレムも度し難いものがあったんだよ。
 はっきりクリーンな民主党に戻ろうと宣言して、小沢さんを
 道連れに辞めさせたんだからな。乾坤一擲の大勝負だったと思うよ。
ー武村さんは目指すべき国家像として「小さくともキラリと光る国」
 という本を書いてるね。思うに旧民主党から来てる人たち、
 鳩山さん、菅さんを筆頭に、前原さん、仙谷さん、野田さん
 枝野さんといった人たちは多かれ少なかれこのDNAを引き継いでいる
 と思うんだよね。
ーというと?
ー武村さんは、これからは「大国」めざすより、その中で暮らす人が
 豊かな気持ちで安心して暮らせる、そんな国を目指すべきだ
 と言ってるんだ。一言でいうと個人ひとりひとりを大事にする
 政治ってことだね。
ー小沢さんはその対立軸にあったってことかな?
ー小沢さんはパワーポリティクスの権化だからね。
 世の中、組織と組織の権力闘争で動いてるんだ。個人はそのための
 マシーンにすぎないと考えてると思うよ。
ー村上春樹言うところの「個人とシステム」の対立だね。
ー今年2月に行われたインタビューで、武村さんは民主党内にある
 その対立軸を「渡来人VS原住民」と言ってるね。
ーいままでは官邸=原住民=個人党、党本部=渡来人=システム党
 だったわけだ。
ーでも思うんだけど2大政党の対立軸が個人党VSシステム党になれば
 ずいぶんすっきりするんじゃないか。この間を行きつ戻りつ発展する
 社会というのは、ある意味望ましい社会なんじゃないかな。

2010年5月30日日曜日

蔡國華展@永井画廊


6月8日から蔡國華展が開催されます!
今回は銀座「永井画廊」での初の個展になります。
画廊主の永井龍之介氏はTV東京「開運!なんでも鑑定団」鑑定士
としておなじみですね。

 * 永井画廊 蔡國華展
   6月8日(火)〜25日(金)[日休]
   11:30 〜 19:00

絵画による大河小説を思わせる「何来何去」の連作、祈る手の姿の
中に究極の人間性を感じさせる「願」のシリーズなど、蔡さんの
本領が最も発揮される人物表現の大作が展示されますので、
機会が許せば永井画廊の展覧会、是非ご覧ください。

(頭の絵は「何来何去」(部分)預言者達、182x273㎝)
 

2010年5月23日日曜日

青もみじ


ー今の季節、若葉が鮮やかで目にしみるね。
ー5月の青空の下で若葉がそよいでいるのは、誰が見たって
 美しいって感じる景色だもの。
ーぼくは特に青もみじが好きだな。風の中で青もみじが波打って
 いると、青嵐ってことばを実感するよ。
ーでもあまりにも生命ではちきれそうな景色を見ていると
 ふっと淋しさを感じない?何か自分だけ取り残されてるみたいで。
ーその感じわかる。自分だけ置いてけぼりをくっているような
 逆に自分だけこの生命の響宴からどこか遠くへ立ち去って
 行きたいような。
 芭蕉が奥の細道に旅立つとき
   行く春や鳥啼き魚の目は泪
 って詠んだのも、そういう感じなんじゃないかな。
ー私にとってその感覚っていうのは陽水の「5月の別れ」かな。
   風の言葉に諭されながら、別れゆくふたりが5月を歩く
 ってなんかすごくわかるよ。でも陽水は希望も残してくれてるんだよ。
   星の降る暗がりでレタスの芽がめばえて
   眠りから醒めながら夢をひとつだけ、あなたに叶えてくれる
 ってね。

2010年5月16日日曜日

Think different


ーiPadがずいぶん話題になってるわね。
ー予約開始の10日に八重洲のソフトバンクショップに行ってみたら
 もうすごい行列なんだ。まだ予約だけだよ。
 それで12日には予定数はすべて予約済み、次回の予定はありません
 って張り紙が出されてて、行列用の柵だけ長々と残ってた。
 いやはやすさまじいね。
ーやっぱりデザインがいいからみんな欲しくなるのかしらね。
ーアップルの製品はまずデザインだってよく言われるけど、それは
 単に見てくれのことじゃないと思うんだよね。
ーでも見た目もすごくカッコいいじゃない。
ーそうだけど、Macとかを実際に使ってみるともっとスゴい!って
 きっと思うよ。
ーどんなふうにすごいの?
ー機能的に驚くこともあるけど、それよりも感覚的な部分、触ってて
 気持ちいいし、使っててなんだか可愛くなるんだよ。
 おおこんな反応するか!とか、よしよしいい子だぞとか思いながら
 なんかPCと遊んでる気分になるんだ。
ーバカバカしい、機械でしょ!生き物じゃないんだから。
ーいや、でも本当にペットと戯れてるって気分になってくるんだ。
 これはWindowsマシンじゃありえないことだね。
ーどうしてそんな感覚になるのかしら?
ーアップルといえばスティーブ・ジョブズじゃないか。
 フツーの企業家やPC開発者はいかにローコストで高い処理能力を
 備えたPCを作るかってことにエネルギーを集中するよね。
 Windowsという汎用OSをあらゆるメーカーのPCに載せるのは
 効率から考えればベストモデルだと思う。
 でもジョブズは最初からそんなことは微塵も頭になくて、ただ
 自分が使って楽しいマシン、こんなこともしたい、あんなことが
 できたらというマシンを、実際この世に生み出すことに没頭して
 きた人なんだ。それはマシンの見た目、さわり心地、使い勝手、
 機能、すべてにかかわることだからマシンのハード、ソフト、
 すべて自前で作ることにとことんこだわった。コスト二の次でね。
ーMacといえばOSも独自のMacOSだったわね。
ーあまりにその完全主義が行き過ぎて、ジョブズは一度アップルを
 追い出されたけど、世をあげてWindowsになりアップルがつぶれ
 そうになったとき再びアップルに戻ってきた。
ーよくつぶれずに立ち直ったわね。
ーWin95が席巻していたころ、誰もがアップルももはやこれまでと
 思ったけどね。そこに戻ってきたジョブズが投じた最初の一石が
 例の"Think different"キャンペーンCMだったんだ。
ー日本でも「クレイジーな人たちがいる」で始まるCMを流してたわね。
 よく覚えてるわ。
ー印象深いCMだったけど、アップルはお先真っ暗でいよいよ気が
 ふれたかって感もあったね。でも今見てみるとこれはクレイジーな
 ジョブズの信仰告白だよ。オレたちは効率よく仕事をこなそうって
 そんな人のためにコンピュータ作ってんじゃない。何かわからない
 新しいことを夢中で生み出そうとしている、そんな人のための
 コンピュータを作るんだってね。
ーつぶれそうになってるのに、やっぱりクレイジーよね。
ーとってもクレイジーだけど、ジョブズには確信があったんだと思う。
 時代に取り残されてるように見えるオレたちこそ、実は時代の
 最先端を走っているんだってね。
 このあとスケルトンのiMacが出、iPodが出て、そこからアップルの
 快進撃が始まったんだよ。
ージョブズに言わせれば時代がやっとアップルに追いついてきた
 ってことね。
 でも世の中、クレイジーがあたり前になってきちゃったら
 それはそれで困りものだわね。
 

2010年5月9日日曜日

ポーランドと沖縄


ーショパンが生きた時代のポーランドはロシアの属国だったわね。
 王さまがロシア皇帝で。
ーそう、18世紀以降のポーランドは大国ロシアとドイツの狭間で
 何度もつらい目にあってるね。
 18世紀末にはロシアとプロイセン、オーストリアとの間で
 ポーランド分割が行われポーランドという国自体消滅して
 しまったし、ナポレオン戦争でフランス配下に入った後
 ウィーン会議でロシアの属国にされてしまう。
 独立を目指して民族蜂起が起き、ショパンが祖国愛に熱狂した
 のはこの頃だよ。
 ロシア革命後もソヴィエトとの間で戦争が起きているし、ドイツも
 何かにつけ干渉してくる。
 第二次大戦の引き金を引いたのはナチスドイツのポーランド侵攻だし
 ソヴィエト軍も当然攻め込んできて国土が戦場の修羅場になった。
 大戦後はまた長く厳しいソ連の圧政に苦しめられた…
ー両大国に挟まれているからって、あんまりだよね。
ーでもこのポーランドの歴史って沖縄の歴史と二重写しに見えないか?
ーというと?
ー沖縄も江戸時代までは琉球王国って独立国だったじゃないか。
 でもこちらは日本と中国の間で巧みに立ち回って一応の
 平和を保ってきた。
ー日本と中国の間に入った貿易で大きな富を築いたって聞いたことが
 あるわ。
ーポーランドと違って海で隔てられてるから、日本からも中国からも
 攻め込まれることはなかったんだね。逆に琉球がそこにあることが
 日本にとっても中国にとっても利用価値がすごく大きかったんだ。
 でも明治政府になって、圧倒的な力の差で日本に組み入れられて
 しまう。
ー中国は何も動かなかったの?
ー当時の清にはもうそんな国力はなかったんだ。
 日本に組み入れられた後の沖縄は開発から取り残され
 本土から見るとずいぶん貧しい生活だったらしい。
 それが第二次大戦では日本を守るため、唯一地上戦の戦場に
 なってしまった。
ー沖縄の人が差別されてるって感じるのは、そこら辺にも原因が
 あるわね。
ー自分たちの島なのに、自分たちの思いと関係なく大国の思惑に
 翻弄される歴史があり現実がある。それが許せないんだよ。
 
 

2010年5月5日水曜日

熱狂の日


ー連休中の恒例イベントだけど、今年も東京国際フォーラムをメインに
 「熱狂の日」音楽祭をやってたね。
 ふらっと立ち寄れて、お値段も雰囲気もカジュアルなコンサートが
 多くて、ずいぶん人気みたいじゃないか。
ー人気がありすぎて、もうふらっと立ち寄るってわけにはいかなく
 なってるわよ。今年は前売りでチケット完売ってコンサートが
 多かったもの。
ー生誕200年で、今年のテーマ作曲家はショパンだったろ。
 ショパンに「熱狂」ってことばはあんまり相応しくない気が
 するね。
ー同時代のリストには「熱狂」はぴったりだけど、ショパンは
 「親密」とか「繊細」とかのことばが似合いそうね。
ーこの時期、丸ビルで「ショパン展」をやっていて、死後すぐに型取り
 されたという「左手」やマズルカの自筆譜などが展示されてたけど
 指もどきどきするくらい繊細だし、音符もそこに書かれてるのは
 ショパンの脈動だと感じられるくらい官能的だよ。
ーショパンと言えばジョルジュ・サンドとの情熱的な恋が有名だけど
 生涯かけて愛したのはきっと祖国ポーランドだったんでしょうね。
 ロシアからの独立を支持する危険思想の持ち主として、
 祖国ポーランドへ帰ることを熱望しながらかなえられず
 死後遺言でその心臓だけがやっとポーランドに帰れたんですものね。
 彼は望郷の思いを、マズルカやポロネーズの作曲に託し続けたのよ。
ーショパンのポーランドへの熱い思いこそ「熱狂の日」に
 相応しいってわけだね。