2010年3月28日日曜日

菜摘ます兒


ーこの季節になると万葉集巻頭の歌を思い出すよ。
ーはぁっ?
ー万葉集の授業でやらなかった?天下の万葉集のトップにある
 歌だから結構みんな習ってるよ。
ーそんなのやったとしても覚えてないわ。
ー「こもよみこもち」で始まる雄略天皇の歌。
ー雄略天皇ってヤマト王権の日本統一に傑出して力のあったと
 されている王さまね。
ーそう高校で初めて万葉集習って、その最初にあるすごい天皇の
 歌だからどんな素晴らしい歌だろうってちょっと期待してたん
 だけどね。
ーどんな内容なんだっけ?
ーそれが一言でいうとナンパの歌なんだよ。先生は麗しく解説
 してくれたけど、高校生のぼくはなんだ、これはただのナンパだよ
 って思ったし今もそう思うね。
ーう、そうなの?
ー春の野で若菜を摘んでいるそこのきれいなお嬢さん、
 なんて名前?どこに住んでるの?オレはすごいんだよ、
 ここを治めてるんだから、だから教えてよ、後で通っていくから
 って相当露骨じゃないか!
ーううぅ、本当にそういう歌なの?
ー高校生のぼくもショックだったよ。日本文化の精髄と言われている
 万葉集の最初の歌だからね。もっといろいろ隠された意味が
 あるんじゃないかと考えたよ。
 でも実にあっけらかんとオレの彼女になれよ、って言ってるだけの
 歌なんだ。
ーでもそこまであっけらかんとしていると逆に潔いかもね。
ーそう、春の浮き立つ気分がよく出てるし、若かった日本のエネルギー
 も感じるよね。
ーそう考えると万葉集の冒頭に相応しいじゃない。
ー習ったときはぼくも違和感があったけど、今ではナンパの歌が
 冒頭にある万葉集も、それを精髄としている日本文化も実に
 素晴らしいと思うよ。これを知ったら日本文化にあこがれる人が
 世界中でもっともっと増えると思うな。

2010年3月22日月曜日

蔡國華展のご案内


現在、蔡國華新作ドローイング展開催中です。

 * ギャラリー・しらみず美術
   東京都中央区銀座5−3−12 壹番館ビル4F
   ☎ 03-3575-0013

 * 3月18日(木)〜3月27日(土)
   12:00〜18:30 日曜、祝日休廊 最終日17:00まで

バレリーナやダンサーをモデルに、動の中の一瞬の静を描き取った
魅惑的なドローイングが並んでいます。
また今回はスカーフやマグカップ、ペーパーウエイトなどおしゃれな
オリジナルグッズもあわせて販売されています。
この方面に出向かれることがございましたら、是非お立ち寄り
ください。  

2010年3月14日日曜日

パルス


長谷川等伯展行きました!40分待ってやっと入れたよ。
ーそれなら運がいい方じゃない。60分待ち、70分待ちなんて
 ザラみたいよ。
ー入ってからもすごいよ。展示ケースの前に人垣が二重、三重に
 なってるから、人波に揉まれるか遠巻きにして下の方を見るのを
 断念するか決断しないといけない。ただ閉館30分前になると
 人は大分減るから、じっくり見るにはこの時間帯がお勧めだね。
ーそれで、作品はどうだったの?
ー等伯の後期の作品ってすごく臨場感があるんだ。単に迫真の
 写実っていうんじゃなくて、自分がその場にいてその状況を実際に
 体験している感覚になるんだ。ちょっと3D映画と似た感じかな。
ーどうしてそんな感じになるのかしらね?
ーそう、どうしてそんな感じになるのか考えながら見ていたんだけど、
 例えば「萩芒図屏風」って作品がある。
 萩とすすきがそれぞれ秋風の中でそよいでいる、それだけの作品
 だけど、でも同じ風に吹かれても自然の中では萩もすすきも
 一本一本皆そよぎ方が違うじゃないか。あるものは激しく
 そよいでいるし別のは穏やかに揺れているし、中には他と違う
 方向にそよいでいるのもいる。それでも叢として眺めるとやっぱり
 同じ風にそよいでいるのがわかるだろ。
 等伯は画面の中でそれをやっているんだよ。
ーつまり?
ー等伯の萩もすすきもどれ一本として同じそよぎ方をしていない。
 それぞれ微妙に違った揺らぎ方をしてるんだけど、でも全体と
 してみるとそこに吹く風が直感的に感じられるんだよ。
ーそれって究極の描写力じゃないの?
ー自然というのはひとつひとつが皆別々の個性を持って
 バラバラのようでいながら、全体として大きなハーモニーを
 保っている、それが一番すごいとこじゃないか。
 その自然の息吹、生命の拍動とじぶんの命の拍動が交感
 しあっているっていう研ぎすまされた感覚がないと
 あんな絵は描けないと思う。技術の問題じゃないんだよ。
 
「松林図」についてはかつて拙文に書きましたが、今回展覧会を観て
等伯は歳を重ねるほど過激にアヴァンギャルドになっていくのに
改めて驚きました。

2010年3月7日日曜日

春の最初の太陽


ー春の最初の月とくれば、次は春の最初の太陽ね。
ー春の最初の太陽って?
ーお針子ミミが「屋根と空しか見えない小さな部屋で私は一人ぼっち。
 でも春の最初の太陽は私のもの。」って唄うの。
 屋根裏部屋に住むミミが階下の貧乏詩人ロドルフォにロウソクの火を
 借りに来て恋に落ちる場面よ。
 プッチーニのオペラ「ボエーム」って知ってる?
ーああ、知ってる。若くって意気軒昂で、でも素っからかんの
 ボエヘミアン達が繰り広げる青春絵巻だね。
ーミミとロドルフォはとってもピュアに愛し合っているだけに
 ミミの病気を直す金のないロドルフォはミミから離れようとする。
 ミミはミミでそういうロドルフォの心情を知って、彼を傷つけまいと
 自分から別れを告げる。
 最後やっと二人は再会を果たすんだけど、それはもう彼女の死の床
 だったってお話ね。
ーボヘミアン達の屈託のない青春絵巻が、いよいよミミの哀れさを
 際立たせて涙を絞らせる筋立てになってるね。
ー一般にそう思われてるけど私はちょっと違うな。このお話は
 「春の最初の太陽」が全編の通奏低音になってると思う。
 ミミの淋しさに凍てついた心を溶かしたのは、ロドルフォを
 始めボヘミアン達の純粋に仲間を思いやる心根だったのよ。
 貧しくて貧しくて金で仲間を幸せにできなくても、みんな
 自分の持っているなけなしのもので、仲間にいい思いをさせて
 やりたいと必死じゃない。
 そんな仲間の思いに包まれてミミは幸せを感じながら死んでいった
 と思うし、ハッピーエンドのお話なのよ。
ーなるほどね。春の最初の太陽が必要なのは青春だけじゃないな。

余談:3月、びわ湖ホール神奈川県民ホール共同プロデュースの
   「ボエーム」公演があります。
   指揮 沼尻竜典、演出 アンドレアス・ホモキ
   たまたまどちらのホールも水辺にあるのですが、その布陣から
   春の太陽にきらめく水面を感じさせる舞台になりそうです。
   別にホールの回し者ではありませんがオススメです。